日記・コラム・つぶやき

ついにブログだ!

みなさん、ようこそいらっしゃいました。芝居屋らいぶ ヨロコンデ のブログです。

どうぞ よろしくお願いします。

さて せっかく来てくださったみなさんに ヨロコンデもらわないといけないと思うので、ぶっち がんばってみたいと思います。

まずは ごあいさつです。

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第2回実行委員会

昨日 14人の人が集まってくれました。感謝です。

ヨロコンデの県民会館コンサート

昼2時 夜6時半

今は 実行委員メンバーをふやしてゆくことと 協力者をふやしてゆくこと

「集まってくれた人たちが 来てよかった、おもしろかったという 実行委員会にしてゆきたいとおもいます」と ちはる実行委員長のあいさつ。

毎回 ヨロコンデのらいぶがある実行委員会。

だから どんどん 誘い合わせてきてほしい。

次回は 11月13日 金曜 夜7時30分から 前橋市総合福祉会館3F
実行いいんかい

現在 現金化 なし、 予約数 22  チケットが事務局から実行委員のみんなに手渡った数  昼145 夜160 高校生以下無料整理券 昼125 夜15

予約数と手渡った数を合わせると 昼292 夜175(全部きてくれると仮定して)
 のこり            あと  昼208席 夜325席

こんな計算どおりにはいきません。

これからこれから。でも ゼロではないということが なんかうれしくなってしまうのです。

これを読まれたみなさん、ただいま 先行予約 受付中です。来年の1月のことなので 何が起こるかわかりません。インフルエンザもあるし、で も 予約しておいてください。そうでないと 札止めになる可能性があります。というのは 500円という金額と 高校生以下無料ということが なかなかむ ずかしいのです。
「500円くらいなら 寄付のつもりで買ってあげるよ、チャリティーだし、チケットの裏にあいのやまの湯の100円割引券もついているし。がんばって!!」というひとがいたら 「でもぜひきてくださいね。これない時はどなたかにあげてください」

この場合でも 席を確保してゆきます。

では 先行予約 受付開始です!

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栃木県作業療法士会の研修

 25日は 宇都宮の作新学園大学までいってきました。

栃木県作業療法士会の研修の講師であります。
昨年、「笑いの効用」という題で やらせていただきました。
今年は その第2弾 「笑いの効用 応用編」です。

どうやったら 笑いを起こせるのかの講義なのですが、まあ 講義というより 芝居屋らいぶ であります。いっぱい笑える環境にして 場をあたためてゆくことからスタートしての90分なのです。

ぶっちは こう考えます。笑えるためには 笑える場に身ををいていないと。リラックスしているから 笑えると。職場で 笑えますか?人間関係がうまくいっていたりしたら 笑えますよね。
そんなことを話すわけです。そして 実技として 自己紹介をして 笑いを起こす。
リラックスしていたら 目の前の人たちの状態が見えますよね。それが大事なのです。

みんないろんなテクニックを使い笑いを取ってました。
やっぱりテレビのおかげです。すべり芸をうまく使う人たちが多くいました。イッパツ芸の人もいました。マニアチック物まねの人もいました。
みんないろいろ。苦手な人もいましたが 苦手であることを告白し、失敗談を語ったりしての90分間。

最後にながぶっちが即興で歌をつくってうたいました。

♪無理に笑うわせたりすることはない
 無理に笑うことはない
 ただ あなたが 元気で 本当の笑顔であれが
 目の前の患者さんは ほっとできるんだから

群馬大学医学部で作業療法士の勉強をした女性がいました。学生時代 前橋サティのギンダコで バイトしていたんですって。まだ 若い!
きっと 彼女から 俺は買ったことがあると確信しました。

ああ、全国のいろんな団体から依頼があったらいいな。

日本笑い学会の会費、納めないといかん。(笑い学会からの依頼でありました)

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講師も芝居屋らいぶなのです

6日は 高崎市新町公民館で 講師でした。「人と心にやさしい福祉 人と心にやさしい介護」の題名で。30人定員で 20数名集まってくださいました。ありがたいことです。集まってくださったのは 私よりも年上の女性たち。いっしょけんめいに 正直に 自分の体験を ギターかかえながら 2時間 話しました。大阪の親父やお袋のこと、義父のこと・・・
笑いいっぱいの2時間になりました。
終わったら館長さんに呼ばれました。
「人権についての講師をさがしていたんですが、是非、やっていただきたいのです」
「え、私が?」
「はい、今日のお話、事務所まで聞こえていました。それで、やってもらいたいと」
「はい、ヨロコンデ!!」
12月11日の午前中に やらせていただくことになりました。ありがたいことです。

そして 7日は 県生涯学習課の 「紙芝居屋のおじさん研究講座」の第1回目でありました。14日、21日と あわせて 3回の研究講座
50名定員で 22人。22人集まってくださったのは ほんまにありがたいことです。しかも 私よりもずっと年上の男性が大部分。生涯学習にこんなに男性が参加しているのかと驚きました。
「紙芝居屋のおじさんは 生活がかかっていました。だから必死でした。仕事があれば すぐにでもやめたい、でも仕事がないから 紙芝居でなんとか生活したい。今日きてくれた子どもたちに明日もきてもらわないといけない。それで 自分なりに工夫もし、頑張っていた。けれど社会は 非教育的、下品との評価。でも子どもたちの心をつかんでいた紙芝居。クレヨンしんちゃんも下品という評価でしたよね。今 テレビの世界は芸人さんたちの世界です。ギャクをかましたり、下品なこと いっぱいです。でも子どもたちは大好きですよね。昔も今もあんまり変わっていないんですよね」
そんな話を上演を交えながらの90分間

がんばっていこうと思います。どんどん 問合せがあるように頑張って いいらいぶをつみあげていかないと。

私の講師活動は 芝居屋らいぶと同じです。歌あり ひとり芝居ありのトークショーであります。これを あと40年 積み上げていったら なんとか少ない年金でも暮していけるおじいちゃんになっているのではないかと思うのであります。

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後援

1月24日に向けて 後援申請を始めました。後援という名前だけみたいなところはあるんですが でも チラシに名前を使わせてもらえるというのは 社会的信用を得たということでもあるので うれしいこです。

今日現在で 承認してくださったのは (敬称略ですみません)

群馬県社会福祉協議会、前橋市ボランティア団体連絡協議会 読売新聞前橋支局

朝日新聞前橋総局 毎日新聞前橋支局 産経新聞社前橋支局

上毛新聞社 群馬テレビは 返事待ちです。

今日、群馬県と前橋市と 前橋市教育委員会 前橋市社会福祉協議会に 申請書類を出しにいきます。

前橋市の後援が頂戴できたら 回覧板でまわしてもらうこともできるそうです。教育委員会の後援が頂戴できたら 学校や幼稚園に チラシを配ってもらうことができるそうです。

ありがたいことです。

そして 協力してくださる団体や個人を どんどん 募っていこうと 考えています。

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群馬県民会館!

来年の1月24日に 群馬県民会館小ホールで 芝居屋らいぶ をやらせていただきます。

いよいよ5ヶ月をきりました。どきどきしています。

「やるからには 満席を目指しなさい!」いろんな方々に そういわれました。 

昼と夜の2回と考えているので 満席なら 500人×2で 1000人です。

いろんな方々に 力を貸してもらいながら あたたかな 満席の場を つくれたら こんな幸せなことはありません。

ほんまに がんばらんといかん。

今 こんな感じかなと 思っているのは チケット 500円として 販売してゆこう。高校生以下は無料で。みんな無料でともかんがえたのですが、チラシをつくったり、当日の スタッフの方々にお弁当とか考え出すと、やっぱり カンパとして 500円頂戴できたらなと。
いろいろ かかったお金の残りは 福祉に寄付しようかなと。

当日 ヨロコンデや 千春の CDを きてくれた方々に 買ってもらえたらいいな。そのために いっしょうけんめい練習もしなきゃなと。

2006年からの ヨロコンデの よさみたいなことを 来てくれたかたがたと 共感しあうために 紙芝居なんかもやれたらいいな。紙芝居なら ロビーかな。
舞台に たくさんの方々にあがってもらって ヨロコンデの「笑顔」という歌を いっしょに 歌ってもらったりできたらいいな。
「さわやかな風」を歌ってくださる コーラスグループの人たちが いてくれたらいいな。舞台の上に 100人くらいいてくれたら すごいな。ちゃんと お弁当を食べてもらって・・・

夢みたいに 考えている事を どんどん具体的にしてゆく 5ヶ月間。

「ヨロコンデに 人生をかけているなら 絶対成功させないと。もし、お客さんがいなくてもいいなんて思うのなら ヨロコンデの看板を下ろしたほうがいいと思いますよ」

これも 8月に出会った方から 頂戴した 言葉。

いろんなことが いろいろあって 今 あんまりいい状態ではない自分です。

先日 県民会館から電話がありました。配り始めた 実行委員募集や 舞台で歌ってくれる方募集のチラシについてです。主催名が抜けていたりすると いうことで 昨日、県民会館へいきましたら 今年度の県民芸術小劇場として ちゃんと きれいに 壁に書いてありました。ああ、ああ、ああ、  

肩の力を抜いて 原点に戻って がんばってみよう。
あと 5ヶ月。

そう思いました。

県民芸術小劇場は 群馬県教育文化事業団の事業で、公募して 書類を審査して 採用するという流れです。締め切りの日に ギリギリ応募したら 合格したんですね。すごいことです。ありがたいことです。

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感想をありがとう

ぶっちさんへ、
県への報告書に、以下の感想文を添付しました。
〈保護者より〉
◎Aさん:
 今日はビバビバクラブの中で、読み聞かせの方が来てくださる、ということだけ伺っていて、岩渕さんがどの様な方か知りませんでした。なので、1 時間の読み聞かせらいぶ、って子ども達は静かにしていられないのでは…と思っていました。しかし、ラフな格好にギターとハーモニカ、大きな声の岩渕さんが いらしたとたんに、子どもの様子が変わってきたのがすぐにわかりました。岩渕さんは子どもに近い。距離も、話し方も、近いです。一人ずつ目を合わしてくれ るので子どもも離れないのですね。本や紙芝居、歌の中でも、大人にも子育てのヒントになる一言が時々入って来るし、子どもにも訴えてくれる。
今日のらいぶは50名ほどでしたが、なんだか私達だけでもったいない気がしました。
またお会いしたいです。

◎Bさん:
岩渕さんの素でやられていたからでしょうか…子供達の明るい笑顔と一緒に、どれも楽しく、時間を過ごす事が出来て良かったです。
特に課題図書の“おこだでませんように”は、私も一度は子供に読み聞かせた本だったのですが、あまり聞きなれない・話しなれない関西弁。岩渕さんに読んで頂いて、短冊にこめたお兄ちゃんの心境にジーンときてしまいました。
子供達もそれぞれが同じ様な思いでいたのではと思います。
貴重な時間を、ありがとうございました。

◎Cさん:
 『おこだでませんように』は、母として、グッときました。いい本を読んでもらえて、良かったです。

◎Dさん:
 『鉄腕アトム』は、貴重な紙芝居ですよね。上下巻続けてくださってので、時間的には長いものでしたが、子ども達の集中力は素晴らしいものでし た。昨年の『黄金バット』といい、コレといい、昔の子ども達を夢中にさせた紙芝居を、現代の子ども達に伝えることこそ、ぶっちさんの大きな役割だと思いま す。
 そしてまた、図書室内にあった『鉄腕アトム』や『半日村』を借りて読んでいる子が何人も居たり、『おこだでませんように』を感想文コンクール用に読む、って言ってくれた子も居て、読み聞かせの大切さを感じました。

◎Eさん:
 『鉄腕アトム』は、子供の頃見た世代なので、当時を思い出しました。
今日の指導員になって、ラッキーです。

〈子ども達より〉

◎Aちゃん:
本を読むだけかと思ってたけど、歌や問題があって、よかった。
いろいろ言うけど、やさしいおじさんでした。

◎Bくん:
ぶっちゃんのおじさんは、歌がおもしろい。みんなにしゃべっているように、歌を歌うのがよかった。
『鉄腕アトム』は長いけど、楽しかった。
また、みたいです。

◎Cちゃん:
ギターをひいて、アレンジした[こぶた ・たぬき・きつね・ねこ]のかえ歌が楽しかった。知ってる歌[キセキ]で一緒に歌えたのが楽しかった。
鉄腕アトムの紙芝居で、アトムと一緒に協力して火山噴火をくい止められたのは良かった。最後にアトムと戦いたくなくて、自分から身をなげてしまったのは悲しかったけど…

◎Dくん:
手遊びが、難しくて答えが分からなかったけど、後で分かった人に聞いて、やっと分かった。僕も誰かに、問題を出してやりたい。
 『鉄腕アトム』は長いけど、面白かった。

◎Eちゃん:
 ギターを初めて触った。面白いおじさんだった。また来年も来て欲しい。

※以上、一部の感想ですが、とにかく有意義な時間を過ごせて、“大成功!!”でした。
本当に、有難うございました。

群馬県文化振興課事業「はじめての文化体験」で 芝居屋らいぶをやらせていただきました。その感想です。

ありがとうございました。

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ゆず!

1997年の 現代座沼田公演で 知り合った友人が 老人保健施設にはいってしまった。ちょうど、沼田の事務所の床清掃だったので 帰りに寄ってみた。10年ぶりくらいになると思う。

「俺、48歳になったよ」
「私は 64歳」
「そうか 17歳も上やったんやね」
「そう」
「でも 64歳で 老健も せつないね。部屋はどうしたん?」
「ちゃんと借りたまま。退院したら また暮らすから」
「そうか、お金は なんとかなってるの?」
「障害者年金と 介護保険で なんとかね。あ、5月にディズニーランドにいったんよ」
「ほんまかいな」
「うん、昔からの仲間がね、連れていってくれたんよ」

「ねえ、ゆずの木は 、まだ あるの?」
「え、ゆず あるよ」
「そう。昔 ゆず、もらったから」

そうだ、昔、ゆずをあげたんだ。

この10年間、毎年、ゆずは実を結んでいるのに・・・

「あんな、びわの木もあるねん。びわの実 なったらもってくるわな」
「うん」

彼女の入所している 老健と その上のディサービスで らいぶして帰る。

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クールフールで歌わせてもらったんよ。

6月7日の日曜日に クールフールで 歌わせてもらいました。

Y君の歌が よかったです。

Y君の月曜日からのことを 祈って 即興で作ってうたったんだ。

店を手伝っている女の子が号泣してくれた。




Y君はシンヤとジャンケンして 1勝3敗だったんだ。

でも 負けて 笑顔になったんだ。それは Y君の 優しさなんだ。

これからもいろいろあると思うんだ。

でも Y君は 生きてゆくんだ。

今日から Y君の新しい旅立ちなんだ。

クールフールという場で Y君の歌。

くわしくは ここに書くわけにはいかないけれど、Y君のことを 応援してもらいたいなって
思うんだ。

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追悼 大野さん

私は1998年から2006年まで 劇団ブナの木でお世話になりました。代表の大野俊夫さんが 亡くなりました。2006年にクモ膜下出血で倒れ、リハビ リをして 少しよくなってきた矢先に リハビリの期限の半年が来て 他の病院へ移転。その後 植物状態のまま 2年。そして 長い眠りにつかれました。

葬儀に参列させていただきました。5月10日のことです。

命はいつか 大地にかえる
よろこびもかなしみも
強さも優しさも
大地は包んでくれる

大野さんが 紡いだ詩です。芝居の最後に歌ってました。

やまちゃんとも再会できました。

いろいろあったとしても がんばれよと 大野さんがいっているようです。

何をしてるんだ、芝居が好きなら 芝居をやりなさい。もっともっと 芝居をやりなさい。

大野さんが そういってくれている気がします。

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伊勢崎アーティストフェスタ

駅の南の路地裏で アーティストフェスタを開催。
アーティストたちが自分の作品を持ってきて 露天を出す。そんな 昭和の日のイベント。去年、声をかけてくださって ステージの司会をやらせていただきました。今年も声がかかりました。今年は 司会をしなくていいとのこと。実行委員会の会議で 司会よりもずっと会場を歩きまわって 即興歌をつくりつづけてほしいと 意見が出たそうです。
わかりました!がんばります!

朝10時にギターをかつぎ、16時まで 歌いました。
あ、お昼ご飯と たばこの時間はちゃんととりました。

アートフェスタではなく、アーティストフェスタ。

つくった本人がそこにいて お客さんといろいろ話しながらの時間なのです。それを路地裏でやるというのがいいのです。

去年も司会の合間にギターかついで 歌ってまわりました。
去年も参加したアーティストさんたちが憶えていてくださって 笑顔で声をかけてくださいました。ありがたい。

子どもたちを歌にします。そしたら おとうさん おかあさんが笑顔になります。そしたら まわりのお客さんも笑顔になります。店の人たちも笑顔になります。それがうれしいのです。イベント会場に笑顔があふれるのです。

楓という屋号で 店をだしているご夫婦がいまして ふたりを歌った歌がよかったな。去年の参加されていて、アロハシャツを売ったりしておられるんです。去年は ふと見ると さっきいたご主人がいなくて どこへ?と 奥さんにたずねると 「休憩、あの人 休憩ばっかり」との 答え。それをそのまま歌にして 奥さんが 泣き笑いしてくださったんです。今年、「あの 楓のね、木へんが 俺で 女房が 風なんですよ」と ご主人。

それが歌になりました。

出会ったころ まさか こうして露天をだすなんて 考えてもいなかった

こんな歌いだしでした。そして

私は風 亭主は木へん。でも 根をはってしっかりたってほしいから
亭主は木へん。

みたいな 歌でした。

あと どんどんクラブのおかあさんが かわいい若い女の子とたってたんです。

「あ、ヨロコンデさん 彼女 歌手なんですよ。わたしたちの友達、ね、かわいいでしょ」と紹介されて 彼女のことをうたいだしたら どんどんクラブのおかあさんの応援歌になりました。

ひらひらのスカートがかわいいな。わたしも はいてみたいけど わたしはジーンズ いつもジーンズ。だって あのこがはしりだす。それをとめなきゃいけないもん。

なんて歌になりました。歌手の彼女が名刺をくれました。CDジャケットみたいなきれいな写真入り名刺。わお、わお。

いっぱいいっぱい 歌った1日でありました。

今年は 劇団ろしなんての二人が店を出してまして、再会できました。それで ぶっちの心がめっちゃ リラックスしたような気がします。

ありがとう。

たこやきやさんではたらく女子高生が 白いシャツと制服のミニスカート そしてルーズソックスだったのです。それがうれしかったであります。

寅さんとも会えたし、ほんま やらせてもらえてよかったです。


今日、30日の朝日新聞の朝刊の フェスタの記事に わたし 名前だけ出ました。写真は 寅さんでした!!

朝日の記者の女の子が フェスタ自体を すごくおもしろがっていて ほんまに長い時間 うろうろしていました。おおきに!

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1月24日 群馬県民会館 2010

「ぶっち 誕生日が近いから ケーキ買ってきたよ」
「わお、おおきに。お、おっぱいみたなケーキや」
「やっぱり いうと思ってた」
「どうみたっておっぱいやで。しかも寄せてあるから ダッチュウーノ や」

「せやけど、青年団 キラキラしとったな」
「でしょ、いい感じなんですよ」
「サティでみんな きらきらしとった」
「しんや おおきくなりましたね」
「うん、おおきに。けど どんどんなまいきになってきよる」
「そりゃ ぶっちのこどもだもん」
「せやな、えへ」

ひさしぶりのヨロコンデの集まりであります。ちはるとみともっちと3人でおっぱいケーキを食べながら

「今日、こども図書館に顔出したら、職員の方が『ヨロコンデ、群馬県民会館でやるんでしょ?』って 声かけてくれはったんや。ほら、県民芸術小劇場の審査にパスしてやから 今年度の採用事業として 文書が各方面にまわったんやなって思う。めっちゃ緊張してきた。最近のらいぶのMCで ついに県民会館です。ワンマンです。お客さんがいなかったら ほんまにワンマンですっていって 笑いをとってたけど、やっぱ お客さんいっぱいにしたいもんな」
「がんばろうよ。とにかくまず やることは決まってるんだから
やりますということを知らせるためにも 実行委員募集みたいなチラシをつくって そして 仲間を集めて どうするかじゃない?」
「おお、やっぱりそうやな。昔を思い出す」
「チラシを私つくってみるから」
「おお、頼むぜ、ちはる!!」

いっぱい、いっぱい しゃべりました。こうして しゃべれる仲間がいて ほんまに ありがたいです。感謝です。

みなさん、 1月24日の 群馬県民会館らいぶに向けて 実行委員大募集で あります!

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家族経営

家族で経営している デイサービスで歌わせてもらった。桐生の川内町。

「かあさん、俺 自分で デイサービスをつくりたい。そして 自分のやりたいようにやってみたい」
「わかった!。じゃあ この家を改装しましょう。1階をすべてデイサービスにして 2階で暮せばいいんだから」
「ありがとう。女房もいっしょにがんばるからね」
「わたしも職員になるから」
「え、かあさんも!」
「そう。あ、いとこのふたりにも職員になってもらいましょう」
「うん」

という かんじでできあがったデイサービス。
たくさんの利用者の方がきてました。

そして 家族、親戚以外の職員の人たちも笑顔がいいんですよ。元気なんです。職員の人が元気なところは なんぜか 利用者の方たちも元気なんですよね。やっぱりそうなんですよね。それが 人がつくる場なんですよね。


ヨロコンデもやっぱり 元気でなければいかん。

このごろ ちょっと元気がなかった。

いろいろあったって なんとかなる。元気なら なんとかなる!

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12月27日の 上毛新聞

あ、おとうさんが うつってる!

え?あ、ほんまや。わお、まえりあ文化祭の記事や。ヨロコンデのヨの字もないな。

あるよ、ほら。

あ、ギターに 貼り付けてある!そうか イベント盛り上げ隊の あの紙を この日はギターに貼り付けたんや。そうか、そうか。千春とちゃんと写ってる。よかった!


そんな会話をいたしました。

もしかしたら イベントの記事の中に なぜか写真だけというのが これからのヨロコンデらしさかもしれません。今年は ちょっと前の 太田市のNPOフェスの記事の写真が 紙芝居をしている 私やったのと この まえりあの記事と 2回 新聞に写真が載ったのでありました。

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クリスマス

日本で初めてのクリスマスは、1552年(天文21年)に現在の山口県周防において宣教師たちが日本人信徒を招いてのミサであった。しかし、その後江戸時代に幕府がキリスト教を徹底的に弾圧したことから、明治のはじめまでまったく受け入れられることはなかった。

日本でクリスマスが受け入れられたのは、1900年(明治33年)に明治屋が銀座に進出し、そのころからクリスマス商戦が始まったことが大きな契機であった。大正時代になると、児童向け雑誌や少女雑誌の十二月号には、表紙をはじめとしてクリスマスにまつわる話や挿絵がたくさん導入された。1925年(大正14年)に日本で初めてクリスマスシール(結核撲滅の寄付切手)が発行され、1928年(昭和3年)の朝日新聞には「クリスマスは今や日本の年中行事となり、サンタクロースは立派に日本の子供のものに」と書かれるまでに普及していた[4]

昭和初期の頃、銀座渋谷道玄坂から浅草にいたるまでの多くのカフェや喫茶店においてはクリスマス料理の献立を用意し、その店員はクリスマスの仮装をして客を迎えた。この様子を1931年(昭和6年)12月12日都新聞は、「七千四百余のカフェと二千五百余の喫茶店に華やかにクリスマスが訪れサンタ爺さん大多忙を来たす」と報じた。

ネットで調べた クリスマスの歴史であります。

今も高齢者の方々が若い頃もクリスマスはあったんね。

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リンゴの歌

リンゴの唄は 昭和20年の秋の大ヒット曲で「そよかぜ」という映画の挿入歌でした。昭和20年の8月が敗戦ですから その3か月後ぐらいということになるんでしょうね。私の親父は25歳、お袋は18歳でありました。ふたりは どんな風に この歌を聞いたり していたんでしょうか。

生きているうちに たずねてみたかったなって 今頃おもいます。

「おかん、18歳の時、どんなこと考えとった?好きな人おったんか?だれかに あこがれとった?映画スターのだれが好きやった?映画なんか見る余裕 あった?高等小学校卒業してから 敗戦の時まで 何をしとった?軍事工場で 働いとった?戦後のどさくさで 市の事務員になれたんよっていう話は きいたことあったけど、その前は何をしとった?親父とは見合いしたとは聞いてるけど、昭和何年に結婚したん?どんな暮らしやったん?貧乏やったん?幸せやった?」

いろんなことを もっともっと 親父やお袋にきいておけばよかった。

「今 母親が自分の子供を殺したりしてるんよ。どない思う?昭和20年代の子育って 大変やったやろ?電話もないし、救急車はあったんか?国民保険とか ちゃんとしてたん?医者も今と違って えらそうにしてたやろ?ああ、いろいろ教えてほしかったな」

大事なこと いっぱい いっぱい 聞いておけばよかった・

「おいあの頃はなあ」
「ああ、またその話か もう耳のたこ、耳にたこ」
なんて いって よく おやじの話を遮った。

耳にたこっていいてたのに どんな話だったのか さっぱりおぼえていない。

あ、おやじの自転車のハンドルにつけたイスにすわって 夜 お医者さんに連れていってもらったことは 覚えてる。あれはいくつの時やったんやろうか。

南海平野線の一両電車に おかんにおんぶしてもらって 乗ってたのは覚えている。

慰問らいぶをするたびに 親父やお袋を思い出す。

923 お袋の命日に 墓参りにも 帰らなかった。

テレビで 山田花子さん みてたら おかん そっくりなことに 近頃 気づきました。

しんやに娘ができたら 隔世遺伝で 山田花子さん そっくりかもしれません。

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前橋テルサロビーコンサート

10月4日 12時30分から13時まで

おかげさまで 無事終了いたしました。

10時に会場入りして PAのセッティングから始めました。
PAの調整のために 即興歌を歌いました。もちろん、テルサのフロントで働いている女性を意識して。
11時すぎに 千春とリハを開始。

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すると もう客席に おひとりすわられました。高齢のご婦人です。そして編物をしながら開演を待っておられます。はやい、1時間半も前から・・・
「手の平を太陽に」を練習していたら 編物をしている女性がにこにこ笑って
「この歌は盛り上がるから『みなさんのごいっしょに』っていえばいいわよ。と アドバイスを下さいました。
11時半すぎに 本日の手話通訳のあおちゃんと合流。そうなのです。初めての取り組みとして 手話通訳をしてもらったんです。あおちゃんはすごい力がある人です。るんるんです。手話が必要な方が客席にいるのではないけれど、手話通訳をお客さんに見てもらうことで 舞台としての表現が はったかく拡大してゆく。イメージが立体化される。そんなことを 思ってやってもらいました。イマジンという歌をなぜ歌うのか ながぶっちMCを手話通訳してもらいたいというのが ぶっちの一番の想いです。

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いろいろリハしていたら 12時。客席には何人ものお客さんたちが座っておられます。まだ30分もあるのに。そうだよね、リハしていたら そりゃすわっちゃうよね。それで 
「あの 本番は12時半からなんおですが 練習でやらせてもらいます」といって ぶっちひとりらいぶを開始。
「本番が30分しかありませんので 私 しゃべりだしたら止まらない大阪人でありまして それで今 しゃべっておけば 本番はじっくり歌をきいてもらえるかなと、えへ。私の親父は大正9年生まれでありまして お袋は昭和2年生まれでありまして・・・」
と 始めていきました。「リンゴの歌」「とうさんの歌」「四季の歌」をいつも高齢者の福祉施設でらいぶする時のMCをつけてやっていきました。この3曲で30分なのですから どれだけしゃべっていたかがわかります。

そして12時30分。テルサの担当の方の司会で スタート!
「ヨロコンデのテーマ」「上を向いて歩こう」「手の平を太陽に」
ながぶっちに変身して 即興「前橋テルサロビーコンサートの歌」「イマジン」
拍子木を持ち出して 
唱歌「あおば繁れる(桜井の別れ)」正成 ぶっち 正行 千春 バージョン
 そうなのです。芝居入りなのです。
そして CDプロモーションコーナー 「さわやかな風」「笑顔」
最後に 「ビリーブ」

これで 32分。客席がまだ聞きたいみたいな雰囲気があったので
「あの、県民会館のコンサートなら ここで拍手が起こって、えへ」といったら みなさん カーテンコールの拍手をしてくださいまして 
「涙そうそう」
即興「今日はほんまにありがとう」

これで おわりました。

今日のMCで 「あの 大きなホールのコンサートは 客席の電気が消えまして 照明をいっぱい浴びて歌われるので とってもまぶしくて客席はほとんど見えないそうです。でも今日は違います。丸見えです。だから 笑顔で見てくださいね。そう 笑顔いっぱいコンサートです」なんて いってましたね。

うれしいこといっぱいありました。

「あのね、あたし 8時間 働けるようになったよ。あ、CDの中で歌っている しんやくんだね。はじめまして お姉ちゃん、CD 毎日きいているよ」
「わかりますか?読み聞かせのYです」
「自転車できたよ~~~」

そんな 再会がありました。

なんと しんやママの友人も偶然きておられました。
「近いから 友人たちと毎回きているの。終わったら そこの喫茶でお茶飲んで。ヨロコンデって誰だろうって思ってたら あなたのだんなさんだったのね」

テルサのロビーコンサートは 月二回 第1、第3土曜日。毎回楽しみにしている近所の方々がいらっしゃる。そうなんだよね。歩いておられる人たちがいらっしゃるんだ。そうか そうか。

千春 あおちゃん お疲れ様。
しんや、しんやママ 来てくれてありがとう。

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おじちゃんへ

うた ありがとうございました。すごくはげまされました。すごく感動しました。ほかの人にもはげましてあげてください。私は手じゅつがんばるので おじちゃんも うたや かみしばいを がんばってください。
     
             なつみより

   ありがとうございました。



以前、日赤の小児科病棟の遊戯ルームでのらいぶのあとに 手渡された手紙です。

彼女は 手術を前に 立ち寄ってくれました。お父さんといっしょでした。

うれしかった。

元気になったかな。スーパーとか イベントなんかで 再会できたらいいな。

そのためにも やりつづけないといかんな。

入院していた子どもたちとイベント会場で再会するのは ほんまにうれしい。

「あ!!」なんて いってくれたりして。

スーパーで 買い物している時にも あったりする。

長く続けてゆけば ゆくほど その確率は増す。

そう信じて 

 おーるらいと
K1

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フランクフルトに負けました

ある病院の夏まつりで歌わせていただきました。 心の病を抱えた方々が暮らす病院です。

職員の方が 県のボランティアセンターに だれかいませんか?と問い合わせて 私を紹介されたと。おお そうか そうか それなら いかねばと 行ったのであります。

私の出番は16時ときいていましたが 祭りだし、イベント盛り上げ隊みたいなことができるんじゃないかと思い、1時半の 祭りの開会時間にいったのでした。

「あ、まだまだですので 会議室で 休んでいてください」
「いや ここにいて いろいろやらせてください」
「あ、でも・・・」
「あの ホームぺージみてくださいましたか?」
「はい、見ましたが・・・」
「じゃあ、ここで イベント盛り上げ隊を やらせてください、時間まで」
「は?・・・」
「・・・」(そうか、みてないんやな・・・早く来てしまって気を使わせてしまったな・・・)

「あの、これが 今日のプログラムです」

13時30分 グランド集合
13時40分 開会式(事務長より挨拶)
13時45分 すいか割り
14時05分 盆踊り
14時45分 民謡(●●会 ●●氏)
15時45分 カラオケ(8曲)
16時00分 ギター演奏(岩渕氏)
16時20分 フランクフルト差し入れ
16時30分 ハーモニカ演奏(●●●教室 ●●氏)
17時00分 花火
17時20分 閉会式(看護部長挨拶)
17時30分 終了

あ、ギター演奏 しかも ヨロコンデの ヨの字もない。そうかそうか。こりゃ おとなしくしとかないと。

でも 始まったら 若い職員の人たちの横で ギターを抱えて 輪投げ呼び込みの歌や ジュースいかがですか の歌なんかをいろいろ歌っておりました。盆踊りや民謡の発表の時は 歌ってません。その間に いろんなことを 若い職員の方々に教えてもらいました。病院のこと、病気のこと、どんな施設があるのか。看護師さんにもいろいろきいて、実習生にもいろいろきいて。そうか 知らないことばっかりだ。そうか グループホームもあるのか。ギターを抱えていると 患者さんもいろいろ話しかけてきてくれました。2時間半 あっという間でした。そして いよいよ 出番。

今日のまつりは 運動会のような設置であります。舞台は 本部テントの隣のテント。そこにPAを仕込んで 民謡の方々はやっておられました。ところが 患者さんのためのテントは その舞台テントから遠く離れたところに設置されているのです。まるで500人の客席の後ろから2列にお客さんがすわっていて 他はだれもいない。そんな感じなのです。

「岩渕さんも あそこでやってくださいね」
と いわれましたが その舞台でやりたいとは思いませんでした。
「あ、すみません、わたし マイクなしでいいですから 患者さんのテントの前で やらせてください」
「・・・あ、そうですか・・・」

どうも すみません、変わった奴を呼んでしまったなと 後悔されたことでしょう。でも これが芝居屋らいぶ なんです。ヨロコンデのやりたいことなんです。目の前の人のために歌いたいんです。聞いている人たちが どんな感じで そこにいてくれるのかを感じたいんです。許してください と 心で詫びながら 患者さんのテントの前で やらせてもらいました。

ヨロコンデもらえてる~~~と のりのりになっている時、突然 患者さんたちが 立ち上がって移動し始めました。そうか ちょっと飽きてしまったか う~~ん むずかしい。即興歌を歌っていいのかどうかの判断ができない自分がむずかしい。あ~~~と 思って 患者さんが移動している行先をみたら なんと 早めにフランクフルトがやってきていたのでありました。

「私は 今 フランクフルトに負けています」という 即興歌を歌ったのでありました。

作業療法士の方が またぜひ来てくださいと声をかけてくださいました。

きっと なんとかなっていたのでありましょう。担当の方も 笑顔を見送ってくれました。

心の病を抱えて暮らす病院。

いろんなことを抱えて 人は生きているんや、がんばろう。

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敬老会

毎月2回 定期的に芝居屋らいぶをやっている老人ホームの敬老会でした。家族も多くやってこられて わいわいがやがやの敬老会なのです。
「あの、以前 いっしょにきてくださった 歌のうまい女の子も是非 きてほしいと 利用者さんがおっしゃてますので よろしくお願いします」
そう依頼され、俺たち若者歌い隊 の あやぴーを 誘い、いってきました。あやぴーは女子大生。

さて 早めに着いて 家族に配られる 本日のプログラムを頂戴して 見てみると、なんと ヨロコンデのヨの字も どこにもないのです。これは落ち込みました。毎月2回 行ってても しかも平日にいっていても 職員との絆さえ つくっていない自分に落ち込むわけであります。

それで テンションが下がりました。でも 早めにいっていたので あやぴーと練習したら テンションがあがってきました。あやぴーの歌は ほんまに素直なんです。以前にいっしょにいったのが 春休みだった。それで あおげばとうとし の 独唱をしてもらったんです。これが すーっと 心に入ってくるんです。あ、これを 利用者の方々が ヨロコンデくれたんやな。そう思いました。

開会の言葉
理事長あいさつ
利用者のみなさんの出し物「リンゴの歌」
長寿の方々へ 表彰と花束贈呈
職員からのメッセージ
昼食
閉会の言葉

ヨロコンデは 昼食の時に出番でした。

 あいさつ
 ふるさとをハーモニカで吹きながら すべてのテーブルをまわる。
  子どものいるところでは 即興でその子の歌を作って歌う。
 定位置に戻り
 あやぴーと 歌う
  青い山脈
  365歩のマーチ
  おおきな古時計 ヨロコンデバージョン
 あやぴー独唱
  あおげばとうとし

季節外れだけど あおげばとうとし をやりました。
MCをいれて 丁度 30分間。

  青い山脈は 昭和24年の歌です。昭和24年は1949年です。59年前の歌を 20歳の娘がいっしょうけんめい歌う。福祉の資格を持っている若者が歌えないという状況の中、歌うことに 意味がある。

 昭和24年。家の両親が 結婚して 初めての子どもを産んだ頃やと思います。その子は3歳で他界してしまいましたが 親父もお袋も いっしょうけんめいやったんやろうなって思います。もっともっと 親父やお袋の若い頃の話を聞いておけばよかったと思います。今 後悔しています。

 あおげばとおとしわがしのおん
 おしえのにわにもはやいくとせ
 おもえばいととしこのとしつき
 いまこそわかれめいざさらば

いろんなことがあって 特別養護老人ホームの利用者になってしまった方々・介護度の低い方々もいらっしゃいます。家族との関係、家族の状況 いろんなことがあって 特別養護老人ホームで暮しておられます。敬老会に家族がきていない利用者の方々もいらっしゃいました。いろいろあるんです。いろいろあっても生きてゆくんですよね。

敬老 

あと 40年したら 私は87歳です。生きているんやろうか 在宅で暮しているんやろうか それとも施設やろうか。今 24歳と6歳の息子ふたりが 64歳と47歳になっていて いろいろ暮らしをかかえる中で 相談して決めるんやろうな。
「おまえ そんなこというけどな 毎月の金 大変やぞ。親父の年金 めちゃくちゃ少ないんやぞ。貯金もほとんどないし・・・ちゃんと働いてこなかったから、その報いや。俺たちの負担が大きいんやぞ」
そんな会話をきっとすることやろう。

嫁はんより 先に死にたいと思うのでありました。そして 他界している両親にありがとうと思うのでありました。 そして 特養で暮す 義父に ありがとう と思うのでありました。

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打ち上げに出てみて

ホリディイン前橋というイベントで ヨロコンデのステージの時に 小学生の女の子に いっしょにピアノを弾いてもらっています。去年から はじめました。その子のお母さんが、ホリディの打ち上げで こう話をしてくれました。

「うちの娘は引っ込み思案でね、学校の行事なんかで 子どもたちの中でピアノを弾いてくれる子を先生は募るのね。そのとき、『はい、やりたい!』って 手をあげることさえ なかったのね。小さい頃か 習っているんだから 自信を持ってあげればいいのにと 親としては思っていたんです。でも 去年から ホリディで ヨロコンデさんといっしょにやらせてもらうようになって 変わったんです。手をあげるようになったんです。でも他にも手をあげるこがいて 先生は その中から選ぶんです。先生にも この子っていうのはあるみたいで うちの娘は選ばれなかった。そしたら 家に帰ってきて 選ばれなかったことを悔しがるようになったんです。そして 『もっと、もっと 練習して うまくならなきゃ』というようになったんです。これはもう すごい変化で、ヨロコンデさんに感謝 感謝です」

いっしょうけんめい 話してくださった おかあさん。

いや、いや こちらが感謝なんですよ。ピアノの音が 入るだけで なんかいいなって思えるではないですか。ヨロコンデのメンバー ピアノ弾くことができないですもん

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前橋けやき並木フェスタ2008

7日に 前橋けやき並木フェスタ2008がありました。
これがチラシです。

http://www.city.maebashi.gunma.jp/ctg/22170098/22170098.html



私はいってみたのです。午後2時ごろです。そしたら ライブパーフォーマンスコーナーでは だれも歌っていませんでした。それで受付に行きました。
「どうも来ました。今 見てきたら だれも何もしていなかったのですが」
「はい、ダンスの音が大きくて できないとアーティストの方々がおっしゃるので」
「あ、そうですか では 今 やってもいいですか」
「ええ いいですよ」

ということで 
1時間 つぶれたホテルの前で歌ったのであります。そう 即興でつくりながら 通り過ぎる子どもたちを歌い続けたのです。笑ってもらえました。反応してもらえました。うれしかった。
多くの方に声をかけてもらえました。
「昨日、司会してましたよね?私 司会が一番よかったってアンケート書いちゃいました」
「あ、またいた!これで4回目だ!」という少年。
「久しぶり、がんばってるね。よしいっしょにやってあげる」と 拍子木をたたいてくださったAさん。
「ひさしぶりです」と声をかけてくださった 福祉施設職員のおふたり。
「あの 去年、伊勢崎の華蔵寺公園で 歌っておられましたよね。紙芝居をしたりして」

うれしいことがいっぱいでした。そして いい歌をつくれました。どくろマークの帽子を被った若いお父さんが3歳くらいの女の子を抱っこしているんです。おかあさんも若い。きっとダンスをやっているのかもしれません。そんな若いおとうさんとおかあさんと娘の歌が 一番よかった。立ち止まって 歌の最後まで聞いてくれました。ありがとう。

 かなしいことはいっぱいあるけど うれしいこともたまにあるから

 やっぱり生きてゆこうと思う やっぱり笑顔で生きていきたいね

イベントで 笑顔いっぱいになれたらいいなって思う。ほんとに思う。

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わきあいあい

Dscf1852 Dscf1853 デイサービスわきあいあいには 私の スリッパと 私のカップがあります。そして下駄箱にも 「ぶっちさん」というシールが貼られています。

職員の方が 用意してくださったんです。

ありがたい。

福祉の現場や 介護の現場は やっぱり そのに集まる人たちで 作りあう場 なんだなと思います。

笑顔いっぱいの職員の方がたくさんいたら 利用者の方々も笑顔になりやすいし。

それは家族や サークルなんかでも同じなんやろうなって思います。

類は友を呼ぶ 笑顔は 笑顔を呼ぶ。

おい、 ヨロコンデのぶっち

おまえは 今 笑顔か?

おまえは 今 真剣か?

エドはるみさんの走る姿をテレビでみていろんなことを考えました。

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スモールビジネス

スモールビジネスという言葉があるそうです。

ヨロコンデが 目指しているのは きっと そのスモールビジネスなんだろうなって思います。

応援してくださる方 群馬県で 500人、全国で1000人。

そんな ネットワークができたらいいなって思います。

ヨロコンデの今 現在の最大の 売りは 即興歌です。次が しゃべくりです。次が 命についての想いです。

加藤君は25歳です。加藤君の親のことをどうしても考えてしまいます。今、どんな想いで生きておられるのだろうか・・・

うちの長男は今年24歳です。ほんのちょっとしたことで 加藤君のようになってしまうのであろうか。いや そんなことはない。親として 命について 語ってきたから・・・

子供は親の鏡

テレビで 24時間 走ったりしなくてもいいから スモールな規模の 確かなつながりを大切にしてゆきたいな。その輪の中で 見えてくるものを大切にして10070955516

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パートさん、さようなら

月に2回 らいぶをさせてもらっている 特別養護老人ホームの パート職員の方が今月 いっぱいで やめてゆかれる。

さみしい。

らいぶの時、笑顔で見ていてくれた人たちだから よけいにさみしい。

いろいろ あるんだろうな。くわしくは わからないけれど、いろいろあることは間違いがない。

時給 安いもんね、回転寿司の 学生バイトさんの時給のほうが 上だもんね。

高い学費を払って ヘルパーの資格をとった人たちもいるだろうに。

介護職の方々の地位が上がるには まだまだ 時間がかかると思う。何十年も先の話になるだろう。

政治家の方々が お医者さんたちの票や 看護師さんたちの票を 組織票としてあてにしているけれど、ヘルパーさんたちの票を組織票として あてにしている政治家の方がいないから まだまだ先の話になる。それまで たえてゆけるのだろうか。

状況の苦しさから 笑顔さえ こぼれないとしたら それは利用者にとって 非常に不幸だと思う。けれど、そのことで文句をいう 息子や娘たちはほとんどいない。

まだ 介護の現場は歴史が浅い。まだまだ 現場も家族も うば捨て山 なのである。

 まる 有料老人ホームの隣が 葬儀場なのである。どちらが先かはわからないけど、心配りさえできない 経営者たちが 見えてくる。

最近、家で 孫と過ごしながら死にたいなって 思うようになってきたけど、息子はそうしようといってくれないと 思う。そうか、俺達が高齢者になったときは 義務教育と同じように年寄りすべてが 施設に入るようになるかもしれない。

その年になったら 行政から通知が来て 行先がかかれている・・・

そんな風になるのかもしれないな。

   

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イオンクリーンキャンペーン

幸せの黄色いレシートキャンペーンでお世話になっている サティ前橋店の総務の方から電話があって ぜひ、参加してほしいと。渋川店や高崎店からもいくので 是非とのこと。

「そうか、いろいろたいへんやな。本部のほうから 『前橋店、少ないぞ!何をしとるんや!』なんて いわれたりするんやろうな」と思い、参加。

太田市の北部運動公園のピクニックの丘の草抜き

渋川店と前橋店でバス1台、高崎店でバス1台、太田店からは 現地集合。

幸せの黄色いレシートキャンペーンに参加している団体の人たちと社員さんと 社員さんの家族たちとで 草抜きをしたのです。

雨でした。カッパとTシャツと軍手と ペットボトルのお茶とスポーツドリンクを配付してもらい、雨の中 開会式典が始まるのを 列に並んで待ちました。来賓の方がまだ来ていないようで、雨の中並んで待ちました。司会進行の女の子は 本部からきている女の子で カッパを着ているのに テントの中で司会していました。「お客様の視点に立って・・・・」なるほど、カッパ着ているのにテントの中にいることはお客様の視点に立つという本部の方針なんやな などと思いながら 待ちました。

舞台も音響もテントもみんな ダスキンのレンタルでした。ダスキンから5人きてました。

ぶっちは 頭の中で そろばんです。5人なら ひとりいくらと見積もるやろうか。音響はいくらやろうか このステージは

お金がいっぱいかかったキャンペーンです。でも大きな企業がお金を使ってでも

こういうキャンペーンを続けてゆくことは非常に大切なことなんやろうなと思います。

がんばれ イオン 創業250年

がんばれ 岡田君!!

黄色いレシートキャンペーン ありがとう!

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地産地消

17日 群馬県の農家や農業の関係の方々が1000人近く集まって県に陳情に行かれました。

地元で採れた野菜を地元の人に食べてもらう。

これを 地産地消 というのだそうです。

ぶっち、1000人の方々のそばで 即興で歌っておりました。そしたら歌詞の中に 「弥生時代から」という言葉が出てきました。


そうなんだな、弥生時代は そうだったんだろうな。 地元で採れた野菜や米を地元で食べていたんやろうなっていうイメージが浮かんだのでありました。 



これは あるサイトに書いた日記です。そしたら コメントを頂戴しました。それをみなさんにも読んでもらえたらと アップします。

 


イギリスでは食品に、それがどのくらい遠くから化石エネルギーを消費して運ばれてきたものかを表わすマイレージ表示が義務付けられているそうですね。
環境のためにも、
健康のためにも、
強い経済をつくるためにも
地産地消の普及は絶対必要。

大量生産の輸出入で儲けるのではなく、
ここへ来ないと食べられないよ、というビジネスの世界。
このほうが日本のほんとうの良さは伝わる。


イギリスがそんなことをしっかりやっているだなんてちっとも知らなかった。100円の大根、もし 北海道の大根だとしたら いくらの運送費がかかって、お店にはいくら儲けがはいって なんて考えていったら つくった人にいくら入るんやろうか。そんなことを考えて買い物をしてこなかったなって あらためて思ったのでありました。

地産地消 は 音楽や芝居の世界にも過去はきっとあったはずです。民謡はそれぞれの地元で生まれたものだし、芝居も。
昔は 県内の劇団がいっしょうけんめい 県内の小学校を巡演しておりました。年間200回のうちのほとんどを県内劇団がやっておりまして職業として成立していたそうです。ところが関越高速が開通して 東京の劇団が日帰り公演が可能になり どっと、おしよせ、現場の先生も 群馬の劇団と東京の劇団で同じ上演料金なら 東京のほうが得をした気になるねと、地元劇団を選ばなくなった経緯があります。
 競争は大切だと思うんですが、東京の劇団にもいろいろありまして、東京には 俳優になりたい若者がわんさかいます。ギャラがもらえるならと やりたい若者がいっぱいおりまして その人たちをかき集め、ちょこちょこっと稽古して送り出す みたいな劇団も存在するわけで・・・

まあ、食べ物と 音楽や芝居を同じ土壌で論じるわけにはいきませんが ふと そんなことも考えました。

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5人の勇士

未来から 正義のために戦ってくれる人を見つけに 彼らはやってきた。そして 若者たちに やってもらおうと頼んだら 「なんで?なんで おれが やらなきゃなんねえの?」「いくらもらえるの?」など いわれてしまい だれにも相手にされなかった。

そして ようやく相手にしてくれたのが 大正生まれの おじいさん4人と 昭和2年生まれのおばあさん 1人だった。

5人は ケアハウスで 暮らしている。

彼らこそ 最後の 戦隊シリーズ オジンレンジャー なのだ!

高齢化社会に ○映が 打ち出した 新シリーズなのだ。いつも いつも いのちがけ。水分補給もしっかりして がんばる オジンレンジャーの 活躍に どうぞ ご期待ください。

「わしらは 年金もらえとる。けれど 未来はわからない。だから お国に暮らす人々への恩返しに戦わねばならん」

「でも、レッド、滞納したりしてる人も まもるんけ?」

「ああ、 そんなことは 考えない。軍人恩給ももらってきたじゃないか」

「うん、そうやけど。ぼろくそ いう 息子らを 守りたいとは思わない」

「ばか!! 次の時代の子供のために 戦うんだ」

「次の時代?」

「そうだ 孫の子供の時代のためにだ」

がんばれ オジンレンジャー たたかえ オジンレンジャー

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ヨロコンデのブログ

ここは ヨロコンデの ブログです。

ヨロコンデは ぶっち ひとりではありません。

だから みんなで盛り上げていけたらいいなって思います。

俺たち若者歌い隊のみんなや 紙芝居で伝え隊のみんなもログインできるようにして いろいろ書き込めたりできるようにして盛り上げられたらなっておもいます。

ぶっちはmixiにも日記を書いているし、アンジェスパーティにも日記を書いているし。

だからここは そんな風に考えています。

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昔といっても

16年くらい前、1回の演劇公演で 3000円のチケットを売って800人集めようとした。そのために協力してくれる人を その町で見つけていったのだ。実行委員会を結成していった。名簿は100人分以上集まった。けれど、会議に出てきてくれる人は わずか数人。その数人の人は 苦しかったと思う。いっしょに 目標に向かって歩いている仲間が 100人いるという実感がないと苦しいと思う。もし 名簿に名前が5人しかなくて その5人で 800人集めようと決意して ずっといっしょに目標に向かって歩いているほうが きっと 精神的には 楽で あったろう。

100人の名簿は 最後には 1000枚のチケット販売枚数につながっていったのだけど。

そんなことを このごろよく考える。

「それはいいことだと 思いますよ」といわれるよりも 「それいいね、やろう!」と いわれるほうがきっとうれしかったりするだろうし、「やったよ、やってみたよ、でも だめだった」といって 笑いあったりしたほうが ずっと 笑顔になれたりするだろうから

そんなことを このごろよく考える

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NPO活動

日本においては NPO活動と ボランティア活動は同じではないのだなという気がしています。

たとえば、NPO法人である グループホームや デイサービス、障害を持った子どもたちの学童保育など、そこで働く人たちは ボランティア活動をしているわけではありません。ちゃんと職員になっている人は 多くはないけれど、Gをもらってやっています。それは とても少ない額かもしれませんが、NPO法人の法律では 公務員の給与なみに 人件費を計上してもよいことになっています。

それは NPO活動をしておられるのです。営利を目的としない活動。

ボランティア活動というと どうしても無償という言葉がつきまといます。無償が当たり前、福祉の職員の人は 無償が当たり前では 生きてゆけません。

じゃあ ヨロコンデはどうなのだろうか。

NPO活動をしているのです。

財源は たくさんの方々からの協賛でやっているのです。ある福祉の施設は お礼として 交通費を下さいました。けれど、ある施設は 無償が前提なので といわれました。でもそこの施設のための活動ではなく 施設を利用している方々のためにやる NPO活動だから どちらにもいくべきなのだと思います。そのために 協賛してくださる方々を募ってゆくのです。そのためにCDなども作ってゆこうと考えたのです。

でも今日、2年近く 無償で月二回行っている施設の職員のかたに CD 1枚千円で協力お願いします といったら 高いと無視されました。

現実は こんなものなのでしょう。それでも行くべきなのでしょうね、きっと。

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人寄せパンダ

人寄せパンダという言葉が過去にあった。上野動物園に パンダが始めてきたとき、それはそれは パンダを見たくて多くの人たちが 動物園にいったのだ。しかし、今は そうでもないのかもしれないから 過去にあったとした。

 そのことから イベントなどで 人を集めるために 有名な人を 呼ぶことを人寄せパンダというようになったと先輩に教えられたことがある。

 イベントを主催する人たちは 出来る限り多くの人に来てもらいたい。それで どれだけお金がかかっても 人寄せパンダに なれるひとを メインに選ぶ。それは だれもが あ、あの人がくるんだ!って 分かる人。

たとえば、演歌の都は○みさん、これは 国民文化祭の時だった。このとき コブ○ロもきたのだが、まだ 人寄せパンダにはなれていなかったのだなって思う。

たとえば 相撲のコニ○キさん  これは 全国ボランティアフェスティバルの時だった。

 昔 18才か17才のころ 万国博記念公演の野外ライブに 友人といったことがある。

たくさんのアーティストが出てくるライブだった。いまから思うとすごい顔ぶれだった。でも当時はまだ駆け出しの 人が多く 山下達○さんが 歌っているとき、客席のほとんどがきいていなかったような雰囲気の記憶がある。関西やしね、よけいやったんかもしれへんけど。

上田正○さんが 出てきて リズムアンドブルースの 英語の歌ばっかり歌ったらめちゃくちゃまわりが盛り上がっていたという記憶がまざまざとある。

人寄せパンダ。

自分が所属していた劇団は 人寄せパンダにはなれない劇団だった。でも いろんな人に助けられて 公演を全国各地で やってきた劇団だった。そうとう大変だったんだろうなって 今 改めて思う。

今年は 人寄せパンダになってみたいと思うようになった。

仮面ライダーショーや 戦隊ショーは子どもたちをどんどん寄せる。

中に入っている人がどんな人でもかまわない。すごい人寄せパンダになっている。全国各地で 同時開催が可能な協力な人寄せパンダだ。

劇団四○の舞台もそうだ。大阪と東京で同時開催!なんて 他の劇団ではありえない。お目当ての役者がいたり、スターがいたり アイドルがいたりするから 見に行くというのが多いなかで 集団そのもの、作品そのものが 人寄せパンダになっている。

自分たちはどうだろうか

ヨロコンデの らいぶが ありまーす。といったところで・・・

息子のしんやが あるコンビニで レジの女の子に「おとうさん、ヨロコンデなんだよ」っていったんです。レジの女の子 笑ってくれましたが わけがわからなかったやろうなって思います。でも 「うちの お父さん 長○剛なんだよ」っていって 長○が本当にお金を払ったら それはめちゃくちゃすごいことやなって 思いました。

人寄せパンダ

人寄せパンダを 目指そうと思います。

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テオトール劇場

前橋中央通り商店街の中に 国際交流広場という キャパ130席くらいの小さな劇場があります。それができた当時はイタリアのある都市との姉妹都市関係を前橋市が結んだので それを記念して国際交流広場となずけたのですが、なかなか利用度や認知度がましていきません。そこで 前橋青年会議所のみなさんが なんとかしようと一肌も二肌も脱いで、新しい名前を公募しました。そして「テオトール劇場」となりました。

その記念に ヨロコンデのユニット ちはるっちがらいぶをさせてもらいました。ちはるっちは ちはると みともっちと ぶっち を足して3で割った名前です。まあ、ちはるが大きいので ちはるっちです。ちはるがボーカル ぶっちがギターとハーモニカとMC、みともっちが音響スタッフというユニットです。そのうちにみともっちの紙芝居劇場もスタートするのでちはるっちというユニット 期待していてくださいね。

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30分のらいぶに 無理やりアンコールを要求して 35分。

みんな なんとかしたいとがんばっているんだけど、なんともできない状況がある。でもあきらめないでやっていくしかない。いつも同じ顔ぶれだねって 馬鹿にする人はいるけど、違う顔も人たちが一肌脱ぐなんてこともない。ただ批評しているだけ。どうやったらここに人が帰ってくるのか。帰ってこなくてもいいんだ、もう そんなに商売したいとも思っていないという人たちまで入る中で それでも やってゆくことの大変さ。

がんばれ テオトール劇場

さわやかな風を吹かせてほしい

あなたは風を感じてますか

あなたの心に吹く風を

それはどんな風ですか

あなたを笑顔にしてますか

あなたの心に吹かせたい風があるんです

 さわやかな風

ふるさとで生き 

あなたといっしょに感じてみたい風なんです

次の時代の子どもたちに残しておきたい風なんです

    

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ポスター

月に1度はらいぶをさせていただいているデイサービスセンターに ポスターを以前もっていった。ちょっと気に入った写真があったので それに不器用ながら 文字を入れ、拡大コピーをして持っていった。9月にもっていったんだ。今日、いったんだけど、貼ってくれていない。甘楽町出身の演歌歌手の方のポスターは貼られているのに、自分のがないのだ。それで どうして貼ってもらえないんですか?上がだめだといっているんです?ときいてみたら

「いや 貼ったんだけど、だれかがはがしたんだよね。そしてもって帰ったんだとおもうんですよ」「え!?」「ええ、利用者のだれかがです。そうとしか考えられないから」

そうなのか。もって帰ったのか

なんか うれしくなっちゃいました。寺内貫太郎一家のばあちゃんの「ジュリ~~~」みたいに 家に帰って「ぶっち~~~」といってくれている ばあちゃんがいるかもしれない。

そんなイメージが頭の中で拡がって うれしくなっちゃいました。

よし、またカラーコピーをして持ってゆこう!

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