旅行・地域

アフリカ スーダンのドクトル カワハラ

44歳の九州男児 川原医師は アフリカのスーダンで診療活動をしている。

外務省の医師として赴任。五人に一人の子供は五歳まで生きられないスーダン。

 「川原君、君はスーダン人に対して医療行為をすることは 日本政府が医療行為をしたことになるんだよ。君の仕事はこの国に来た日本人を診ることだ」
「しかし、この現状をみてほってはおけません」
「だめだ」
「わかりました。外務省をやめます」

日本にはなんでもある、でも何かが足りない。
スーダンにはなんにもない、でもなにかがある。
そのなにかを日本に伝えたいと 酋長たちといっしょになっての活動を今も続けている。

年に二回、日本へ戻る。資金集めのための講演活動と家族や友人に会うために。  

その講演が群馬であった。講演の前座で 川原医師の歌を即興でつくって 歌わせてもらったのだ。   

講演はスーダンの写真をみせながら。
写真をくっきり見せるために 会場中を真っ暗にすることを彼は主催スタッフに要求した。
それはスーダンのことが主で 私はその次だという彼の想いなのだろう。
そして最後にある歌を流しながらのスライド上映。
スーダンの子供たちの瞳が客席を見つめる。流された歌はさだまさしの「風に立つライオン」私は聞いていて この歌のモデルが彼なのだと錯覚した。錯覚したのだ。この歌は20年以上も前の歌なのだ。

「わたしは たまたま医者で たまたまスーダンだったのです。それだけなのです。みなさんにもきっとたまたまがあるはずです。こんな話を聞きました。はちどりの一雫という話です。森が火事になりました。動物たちが逃げ出しました。するとはちどりが川から水をくちばしに含み 火事の上にたらしました。何度も何度も。すると森の動物たちがいいました。そんなことをしても無駄だ、消えるわけがない。するとはちどりがいいました。私は私のできることをしているだけだと。
今日はどうもありがとうございました」


1000円あると マラリアの検査を四人が受けることができる。

ドクトル カワハラの NPOロシナンティスのHP

http://www.rocinantes.org/

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上川淵公民館文化祭

9時に到着。駐車場にテントを立てて もう文化祭の準備が始まっていました。と 思ったら、昨日から明日までの3日間だったようです。すごい。春日中学校の生徒たちが ビンゴゲームや 輪投げのリーダーとして参加してくれていました。育成会の方は 餅つきであります。
焼きそばあり焼き饅頭あり、そして野菜のテントあり。なんと 昭和村から売りに来られているご夫婦がいました。

もしかしたら 前橋中の公民館での文化祭はこんな風に地域ぐるみで 開催しているんぼかもしれません。

さて ぶっちは ホールで 10時半からです。1時間の時間を頂戴しています。ポスターも貼ってありました。「ぶっちゃんとあそぼう」

「GOOD TIME GOOD SMILE」の幕などもセットして 準備。

準備が出来たので ギターをかかえて イベント盛り上げ隊 出動。

即興歌をつくって歩いたのです。

「野菜が売れれば 帰りは高速!」なんて 昭和村からのテントの前で歌ったりしていました。

それで 小学3年の少年たちと仲良くなりました。少年たちを引き連れていろいろまわったのでありました。育成会の餅つきで 「それ!ほい!それ!」って 声を出しちゃったら、子どもたちも真似して出してくれて。そうや やっぱり 餅つきには まわりの人の声があったらいいななんて思いました。

さて 本番。最前列に 仲良し少年たち。しかし、この友情は 爆弾でもあります。仲良くなったので 何を言い出すのかもわからないのであります。でもはじまったら いい子たちでした。マイナスの発言でなく プラスの発言をしてくれて 3度ほど 本番中に握手をしに行きました。

今回は 紹介してくれた もこもこのもっちーがスペシャルゲスト。いっしょに 歌ったりしてもらったのであります。

「ようこそ みなさん」(即興)これは 客席を歩きながら 見たままを歌ってゆくのであります。
「おじさんの名前は ぶっちゃん」 客席に 「ぶっちゃん!」と声を出してもらうのであります。

 おじさんの名前は ぶっちゃん   客 ぶっちゃん!
 ヨロコンデの ぶっちゃん    客 ぶっちゃん!
 大阪生まれの ぶっちゃん    客 ぶっちゃん!
 かっこいい ぶっちゃん     客 ぶっちゃん!

この最後の かっこいい ぶっちゃん のあとの 客席の反応を 感じるのがすきなのであります。

このあと 手遊び 「大きな拍手」「いった君のお引越し」

清里で生まれた 子どもたちとの歌いあい 「ありがとう」もやらせてもらいました。

そして 「手の平を太陽に」

もっちーに参加してもらって 「ゆかいな牧場」

もっちー大奮闘でありました。そのあと おじいちゃんに変身して 呼び鈴を鳴らし、大道芸の世界への紹介をして もっちーに 南京玉簾を 披露してもらったのでありました。そのあと 紙芝居屋のおっちゃんが やってきた。

「黄金バット」「おれは浪速のライオンや」「とりのみじっちゃ」の3本立て。
今日は小型紙芝居にしました。

そして 「笑顔」の大合唱。即興歌「1日でも長く親より生きてね」

これで1時間。


片付けを終えて また外へ。小学生たちが 取り囲んでくれました。

そして 児童映画のラストのように

「また、来てね、来年も来てね」
「おおきに、図書館や公民館のおっちゃんやおばちゃんに また呼んでっていわなあかんで」
「わかった。ちゃんというから また来てね」

と ながく ながく 見送ってもらったのでありました。


図書館の職員の方が 紙芝居を 地元の高齢者の人にどんどんやってもらいたいという想いを話してくださいました。その当時、自転車でまわってくる紙芝居を見ていた方々が その思い出のままに 今度は 現代の子どもたちに見せてゆく。そんな 公民館活動ができたらいいなって 思っていると。
それは ほんまにいい話であります。
公民館活動で お話を考える人、それを絵にする人、そしてそれを上演する人。そして 見る子どもたち。

そんな 紙芝居のサイクルが出来上がって 地域特有の紙芝居がいっぱい生まれたらいいなって 思う。

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清里公民館文化祭

11月1日は 清里の公民館まつり。
「盛り上げてくださいね、7時からです」と 館長さんからの依頼を受けていってまいりました。

5時前に会場入り。

公民館のステージでは 地元の方のカラオケ。

外では 育成会の方々が焼き鳥を焼いておられ、子供たちもいっぱい。ギター抱えて 外へ。そう、 イベント盛り上げ隊で あります。次から次へと 即興歌。どんどん 子どもたちが 集まってきてきれました。清里の子供たちはやさしんやね。
調子に乗って 「キセキ」を歌ってしまいました。そしたら 今の歌のリクエストがどんどん。ヘキサゴンの歌をどんどんリクエスト。あ~ 知らない、おっちゃん 知らないんだ。即興歌だけにしとけばよかった。

その後、いいことを思いついて、子供たちと 合唱隊が結成されました。

「おっちゃんが歌ったあとに 同じように歌うんやで」

焼き鳥焼いたり 焼きそば 売っている お父さん おかあさんのほうを向いて 即興歌を歌い始めました。

ぶっち  かあさん   こどもたち  かあさん
ぶっち  いつも    こどもたち  いつも
ぶっち  ありがとう  こどもたち  ありがとう
ぶっち  なかなか   こどもたち  なかなか
ぶっち  いえないけど こどもたち  いえないけど
ぶっち  ほんとに   こどもたち  ほんとに
ぶっち  ありがとう  こどもたち  ありがとう

そんな感じで 歌ったのであります。子どもたち 大きな声を出してくれました。即興歌の 新しい可能性の芽なのかもしれません。

いよいよ 開演。

大型紙芝居の初登場です。
いつもやっていたのは B4の大きさなのですが、今回 用意したのはA2の大きさ。A3が2枚なのです。

「黄金バット」 いつものやつを 拡大カラーコピーをいたしました。
そして
「三枚のおふだ」これを 関西流の紙芝居で上演しました。関西流は 極力ナレーションをなくし セリフだけで構成してゆく手法です。落語のようなものを想像してもれたらと思います。お寺の小僧さんと 和尚さん、やまんばがばけたおばあさんとやまんば この4役を演じました。

大きいということは 後ろの人たちにも見えていると思えるので その安心感から 演技に集中できました。

今、お気に入りになっている紙芝居も 拡大化して ゆこうと思いました。

「おれはなにわのライオンや」「うばすてやま」

大型紙芝居用の舞台もゲットしたのであります!


開演前に 待っていてくださる方々のための らいぶ20分 紙芝居らいぶ32分  歌 30分で 8時終演。


最後に「笑顔」を歌わせてもらったんですが そうだ! と思いついて 外のように 子どもたちと 大合唱したのでありました。

そうや 最初から 子どもたちと 合唱団で 30分やれば おもしろかったのになって 思いました。そうや そうや。そういう即興性が発揮できたはずなのに。

よし、今度 やってみよう!!

地元の方のステージ発表が おわったのが 6時過ぎで そのあと 外でだんべおどりと花火、それが終わってから ヨロコンデだったんです。でも外は寒かったから 年配の方々は中で待っててくださったんです。だから 申しわけなくて 歌いだしてしまったんですね。そうテルサ現象であります。


子どもたちが あんなに喜んでくれたことは ほんまに うれしかった

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国蝶オオムラサキ

今日は ぐんま昆虫の森 で オオムラサキの会の20周年記念行事がありました。

10分間 歌ってくださいとの 依頼を 会長さんから うけまして 行ってまいりました。



休憩後の10分間が私の持ち時間。休憩になったら もう 即興で歌いだしまして、「おじさんの名前はぶっちゃん」と 「手のひらを太陽に」を歌いました。

MC 手のひらを太陽にはね ぶっちゃんが 3歳のころから歌われている歌なんですよ。
この歌をつくったのはね、アンパンマンをつくった人なんです。
アンパンマンをつくった人はだれかわかりますか?

やなせたかし  と 高学年の男の子が答えました。

あ~ すごいですね、ありがとう。でも 違います。アンパンマンを作ったのは ジャムおじさんです。えへ、あのね、保育園でらいぶしたら子どもたちにそう教えられたんよ。ごめんね。だからこの歌を作ったのは アンパンマンやジャムおじさんを はじめて描いた人なんです。

そんな話をして 保育園の先生3人と子供たちと一緒に、歌ったのでありました。


最後に見たオオムラサキの一生のビデオ 感動しました。さなぎを 手でさわったりしたら 空を飛ぶことさえできない奇形のオオムラサキが生まれてしまうことをはじめて知りました。

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元気21 前橋こども図書館お話の会

前橋に元気21 という建物があります。つぶれてしまった 西武デパートの建物を 市が買い取って 中央公民館に つくりかえました。それに伴い、こども図書館もつくりました。上の階には 専門学校、下の階には スーパーを。まちなかを もりあげたいという 市の作戦です。ここを利用すると 駐車料金 4時間分が無料になります。ここを利用して 商店街ストリートを散策してもらえたら・・・そんな想いもあるのですが なかなか うまくはいかないそうです。

さて その 子ども図書館で 第1、第2、第3、第4 土曜日に 午後2時から おはなしの会が 開催されています。前橋で 読み聞かせの活動をされているお母さんや おばあさんたちが ここで 読み聞かせをやってくださるのです。

9月20日 私がやることになりました。前橋の小学校のほとんどが運動会なんです。だから やってくれるおかあさんたち いなかったんでしょうね。それで 私にやれというようなことに なったんでしょうね。私の息子も 運動会でした。幸い 1年生なので 午前中だけでしたが 高学年になると 午後までですもんね。嫁さんが あきれていました。
「自分の息子の運動会の日に 普通 予定を入れないのが 親でしょ?」
いやね、図書館から この日にお願いできますか?といわれた時、その日が 運動会なんて 想いもしなかったから、えへ。

さて、ギターと紙芝居舞台もって いざ!

いってまいりました。たくさんの子供たち、若いおかあさんたちに囲まれまして 幸せな1時間すごすことができました。

おはなしの会 というよりも 先日 保育園で やらせてもらった 芝居屋らいぶ「ぶっちゃんとあそぼう」1時間バージョンという感じでした。

「こもりじぞう」「とりのみじっちゃ」「黄金バット」「三匹のやぎのがらがらどん」「ボノロン」
歌は 即興歌を いっぱい。「おじさんの名前はぶっちゃん」「手のひらを太陽に」「笑顔」

終わってから もっとやってという 子供がいたので 座って しずかに「おれは なにわのライオンや」

子どもたちをみていると 若いおかあさんたちをみていると 自分はおじいちゃんなんやなって思います。自分がやさしくなるのを感じます。こんな若いおかあさんが こどもを連れて 絵本を 読みに子ども図書館にきているんだな。なんかうれしくなってしまいます。


「ぼく、おにいちゃんになるんだよ!」「そうなんかい」「うん、おかあさんのおなかの中に いるんだ」

そんな風に教えてくれる男の子がいたりして。小学生は1人しかいませんでした。その子の小学校は改修工事のため、6月に運動会が終わったそうです。

たくさんの 家族のかたがたが 最後まで 聞いてくださって ありがたかったです。図書館の職員の方々も 笑顔で るんるん でした。うれしかった。

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青年団OB OG ステッカー

今日、ふと 思いつきました。「青年団OBの家」というステッカーをいっぱいつくって 日本国中に 配って 家の玄関に貼ってもらったらいいなって。そしたら 少数で頑張っている青年団の現役の団員たちが うれしくなったりするんやないやろうかって。

昔 こんな話をきいたことがあります。もと青年団の団長だった人の娘が成人したので 青年団に入ってくれと頼みにいったら 元団長が出てきて「うちの娘は 青年団なんかやらない!帰れ!!」と 怒鳴ったと。

まあ、いろんなことがあるやろうし、いろんな人がいるから なんともいえないけど・・・

ネットでいろいろ検索していたら 大正のころの青年団のことを書いたページがあった。

そうなのだ、今 施設で暮している高齢者の多くは青年団のOBなのだ。

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広島

熊本の帰りに 途中下車して 広島に寄りました。原爆ドームを訪問しました。ほんとうは長崎にも行きたかったのですが、今回はまず広島に。生まれて初めて実物を見ました。修学旅行の子どもたちがいっぱいでした。平和学習というものなのですね。路面電車も子どもたちでいっぱいでした。

はじめていって いろんなことを知りました。

広島市民球場が原爆ドームのすぐそばだということも知りました。

原爆ドームのすぐそばに 日本軍の駐屯地があったこと、捕虜収容所がなかったから 広島が選ばれたこと、14万人が亡くなられたこと。

テレビや新聞で見てわかっているつもりでいたことが わかったいなかったことを知りました。14万人の魂が眠っておられる上にたったのです。そして祈ったのです。

修学旅行の子どもたちがわいわいがやがやしている中、白人の方々が真剣にいろんな資料をみておられる姿をいっぱい見ました。

原爆が落とされてから まだ100年もたっていない国

8月6日午前8時15分

8月5日の夜が前橋の空襲だった。

いろんなことを語りついでいかないといかんのやと思いました。

「修学旅行できた子どもたちの ほんのひとにぎりでもいいから 平和について考える子がいてくれたら それでいいんです」職員の方がそう話してくれました。

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