本日は 90分という時間を頂戴いたしました。
役者(有名にはなれませんでしたが、年間100回
以上 舞台にたってきました。そして今 年間200回、なんらかの形で人前に立っています)として 舞台に立ってきた経験から 笑いについていろいろお話できたらいいなって思います。
笑っている人がいるから 笑える。
笑っている人がいないと たったひとりで笑うことができるだろうか
笑うと 前向きになれる。
笑うのがへたな人もいる。
人間関係がうまくいっていると 笑うこともできるが そうでないとどうだろうか。
どんな場なら 楽に笑えるだろうか。
コンビニで買い物をして めちゃくちゃかわいいバイトのおねえちゃんに こころのまったくこもっていない 「ありがとうございました」をいわれたとき 笑顔になれるだろうか。
笑うためには 笑顔になるために必要なことってあるんじゃないだろうか。
目の前の人が 歩いてきた道をすべて理解できるわけではない、でも理解しよう、いっしょに頑張ろうとしたとき、目の前の人は心を開いてくれるのかもしれない。
今、いる場所の空間はどんなところだろうか。やたらに天井が高かったり、やたらに広かったりしているだろうか。声はよく届くだろうか。人がいて居心地がいいなって思える環境だろうか。職場での人間関係はうまくいっているだろうか。上司ともめていたりしてないだろうか。いろんなことが 笑いが起こるさまたげになったりしていないだろうか。
笑うことは 体にいいこと、心にいいこと。でも笑うために必要な いろんな要素がいっぱいあるんじゃないだろうか。
ひとりひとりが違っているからこそ、そこに 人間福祉という概念が必要ではないだろうか。
いろんなことを いっしょに考える90分になったらいいなって思います。
笑えるならば 思いっきり 笑ってください。
なんとか 笑えるように いっしょに場づくりに協力してくださいね。
本日は よろしくお願いいたします。
12月14日 宇都宮の作新学院大学の教室で 栃木県作業療法士会の方々の勉強会がありまして なんと その講師をやらせていただいたのであります。大学の教室です。
わくわくしました。話そうと考えていたことが ふっとびまして 大学の教授になってみたくなって、あいさつしてから 1度 外に出て 教室の扉をあけて 入って 教卓の椅子にすわるということをやらせていただいたのであります。そして 目の前の人たちを見て 「入学 おめでとう。はじめての授業が わたしで すまないね。ほら 空席が多いじゃろ?6月になると 君らの半分はこなくなって 12月には 残るのは8人くらいになるのが 私の講義の特徴だ。まあ、若いんだから それもいいだろう、バイトや 恋で忙しいだろうからね」なんていってはじめさせていただいたのであります。うれしかったです。一昨年、群馬社会福祉大学の教室で 生徒さんの前で 話をさせてもらった以来でありました。でも そのとき 教授になって入ってみようとは 思いもつかなかったですから 2年の歳月は 私を またおもしろいおじさんにしてしまったのかもしれません。いや 集まった人たちが あったかかったから そんなこともできたのでしょう。
上記した文章は 今日 配られた資料であります。
参加してくださった方々のひとりひとりに 笑いは どんな時に起こるのかを 教授として質問して黒板に書いていったのです。そして もとにもどり、自己紹介をしてもらいました。そうやって 場をつくっていったわけです。
そして 人間福祉の話をしました。親父が大正9年生まれでした。西暦に直すと1920年です。西暦に直すだけで いろんなことがわかってきました。1945年の終戦の時、親父は25歳だったんです。乙種合格で 最後の方に赤紙がきて 宮崎県で終戦。
大阪に戻ったとき、25歳で焼け野原に立った親父。そんなことが見えてきたという話をしていきました。
少しでも役にたてたのならうれしいです。
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